『日経ビジネスONLINE』山根一眞連載「ポスト3・11 日本の力」東日本大震災の「現実」を風化させないために被災地取材写真<高画質大サイズ判>の公開を開始!"The Great East Japan Earthquake"  Image Gallery By Kazuma Yamane

 

東日本大震災の現実を風化させないために
被災地取材写真<高画質大サイズ判>無償公開 007
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東日本大震災 山根一眞取材写真 2012年9月10日公開 宮城県亘理郡山元町(2011.03.31)  


     

撮影日時:2011年3月31日
撮影場所:宮城県亘理郡山元町
撮影者 :山根一眞 Kazuma Yamane

写真説明:
 私のスタッフ夫妻の実家は宮城県亘理郡山元町の海岸くにあったが、3.11の津波によりご両親が亡くなった。このあたりはかつて製塩業が盛んで、一家の祖先は、江戸時代に製塩問屋のような仕事を営んでいたという。つまり、この一家にとって、海は数百年にわたり命をおびやかすものではなかった。誰にとっても3.11は想定外だったことを物語る。
 もっともチリ津波襲来などの経験から海岸沿いには高さ6.2メートルの堤防が築かれており、津波からの安全は担保されているはずだった。だが、津波はこの堤防をやすやすと破壊し山元町の海岸地帯を壊滅させた。
 近くには養護老人ホーム梅香園があったが、津波によって死亡・行方不明43名という犠牲者が出ている。私は、津波襲来から3週間後にここを訪ねたが、海岸林はことごとくなぎ倒され、地面は一様に津波が運んできた白い砂で覆われていた。その白い砂の上に、梅香園から流されてきたと思われるビニール袋に入った入れ歯があった。その鮮やかな桃色の人工歯肉が眼に焼き付いたまま脳裏から離れない。
 なお、亘理郡での津波襲来から奇跡的生還を果たした手記、「あるスポーツインストラクターの津波からの生還記録(2011年3月27日)」は、数多くの被災記録の中でも突出した慄然とする内容で、ぜひ、読んでほしいと思う。アップル本社勤務経験のある松井博さんの「まつひろのガレージライフ」に引用されている。
 宮城県では海岸堤防・護岸延長160kmのうち100km以上が損傷、国土交通省東北地方整備局は3.11から45日後の4月25日から山元町や亘理町の破壊された堤防、合計10.3kmの緊急復旧工事を開始、2015年度までに仙台海岸から山元海岸までの7工区約32kmで本復旧工事を完了する予定だ。堤防の高さは7.2m、海側、陸側とも裾野が4〜5倍長いなど津波や高潮に強い構造となるが、3.11級の津波は容易に乗り越える。そのため、こういうハード対策とあわせて、住民の避難方法や地震・津波に強い町つくりなどソフト面の施策を目指す模索が続いている。

宮城県亘理郡山元町の被害:死者632名(遺体未発見の死亡届16人および震災関連死16人を含む)、行方不明1名。家屋への被害は、全壊  2217棟(うち流出1013棟)、大規模半壊534棟、半壊549棟一部損壊1138棟(2012年8月31日現在)

この写真についての問合わせ先:山根事務所