『日経ビジネスONLINE』山根一眞連載「ポスト3・11 日本の力」東日本大震災の「現実」を風化させないために被災地取材写真<高画質大サイズ判>の公開を開始!"The Great East Japan Earthquake"  Image Gallery By Kazuma Yamane

 

東日本大震災の現実を風化させないために
被災地取材写真<高画質大サイズ判>無償公開 009
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東日本大震災 山根一眞取材写真 2013年3月6日公開 宮城県石巻市石巻港近く(瓦礫)(2011.11.10)   東日本大震災 山根一眞取材写真 2013年3月6日公開 宮城県石巻市石巻港近く(瓦礫)(2011.11.10)



     

撮影日時:2011年10月11日
撮影場所:宮城県石巻市 石巻港地区
撮影者 :山根一眞KazumaYamane

写真説明:
 これは、石巻市の北上川河口に近い石巻港地区に積み上げられた「震災がれき」である。震災発生から約1年後に撮影した当時、その処理はほとんど進んでいなかった。
北上川をはさんだ対岸から撮影したが、そのすさまじい量に圧倒された。このがれきの山の前で釣りをする2人の男性の姿があり、2人の背丈からがれきの山の高さが実感できた。そこで、望遠レンズでがれきの山を分割撮影しパノラマ合成したのが写真1だが、合成したパノラマ写真は横幅がきわめて大きいためWEB表示ではわかりにくい。そこで、ここでは一部拡大した写真2もあわせて掲載した。無償公開ページには、印刷サイズで横幅約120cmの写真など大サイズのものも公開しているので、ぜひ大きなサイズで見ていただきたいと思う。

 石巻市の亀山紘市長は私に、他の被災地と比べて石巻市のがれきの量がダントツに多いことを示すグラフを手に、「この始末ができないことには復興もままならない」と語っていたが、数字やグラフだけではその量は実感できなかった。そこで、現場を訪ねたのである。
多くの自治体が震災がれきの処分を引き受けてきたが、その持ち込みに対して一部の市民が反対の声をあげている。その議論の中で、「がれき」が何を物語っているのか、また被災された方々への思いに触れられたことはほとんどない。
 震災がれきはただのゴミではない。何ヵ所もの震災がれきを見てきたが、それは津波によって一瞬にして全家財道具が、いや、家族とともに過ごしてきた人生が、あらゆる思い出が失われたことを物語っている。はかり知れない悲しみの遺物。撮影ポイントであるがれきの山の対岸は、かつてびっしりと美しい家並みで埋め尽くされていたが、津波によって荒涼とした原と化した。ここを中心とした石巻市の市街地エリアでは、2172人もの方が亡くなっている。
震災がれきは、愛する人たちを失った方々にとって、取り戻すことのできない日々そのものでもある。他の自治体がその焼却処分のお手伝いをするのは、遺された方々が忌まわしい過去と訣別し、新たな人生を歩み始めるための粛々たるお手伝いをも意味している。

宮城県石巻市(人口15万1867人・2013年1月、石巻市資料)の被害:平野部の約30%、中心市街地を含む沿岸域の約73平方キロメートルが浸水。被災住家は5万3742棟(全住家数の約7割)。その約4割、2万2357棟が全壊した。死者2978名、行方不明者669名(2011年10月末・石巻市の資料による)。環境省は、東北3県のがれき(津波堆積物+災害廃棄物)の推計量を当初は約2247万トンとしていたが後に1811万トンと訂正。2013年2月20日、宮城県は震災がれきの焼却灰を建設資材に活用する石巻港の護岸工事を開始した。

この写真についての問合わせ先:山根事務所